8/29安保法案 赤川次郎さんの怒り/言葉を軽んじるな/作家が言わなければ【東京新聞・特報】

いいですね

Silmaril Necktie

赤川次郎さんの言葉はとてもまっとうだ。
安倍ビチビチ首相のせいで頭の中でくちゃくちゃになりそうになっていた日本語という言語の紐が、するっと解けた様な気がした。
そうだ!あの方に手紙を書こうと思う。
検索してコピペするだけのお手軽なこの世の中で、メールではなく便箋に思いをしたためて書くことは、とても大事なことなんだ。
あざらしぐりこさんもそう仰ってたなぁ。

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安保法案 赤川次郎さんの怒り

 言葉を軽んじるな

2015年8月29日【東京新聞・こちら特報部】

「政治家にとって言葉は命。命がけの真剣勝負であるべきなのに…」。「三毛猫ホームズ」シリーズなどで知られる作家の赤川次郎さんが「安倍政治」に対して積極的に発言している。憤りの矛先は安保関連法案など政策にとどまらず、言葉を軽んじる政治姿勢に向けられている。この姿勢は「議論の否定」であり、言葉を生業とする作家の一人として、黙っていられないという。赤川さんに思いを聞いた。 (木村留美)

 積極的平和主義って何?

「(一昨年七月に麻生太郎副総理が発言した)ナチスのやり方に学ぶようなことを口にすれば、(欧米では)政治家として終わり。しかし、日本では撤回しましたと言えば、済んでしまう。いかに日本では、政治家の言葉が軽いか。そこが作家として許せない」
赤川さんはそう話す。
世間的には「流行作家」というイメージがあるが、デビュー以来、社会派的な作品も少なくない。今年出版したエッセー集「三毛猫ホームズの遠眼鏡」(岩波現代文庫)でも、安倍政権を痛烈に批判している。
文芸誌「すばる」八月号掲載の作家、高橋源一郎さんとの対談では「日本語がおかしいと思いませんか。積極的平和主義って何ですか。言葉をそこまでばかにしていいのかと腹がたちますね」と発言した。
その意味について、赤川さんは「積極的平和主義という言葉には『戦争』を『平和』 と言い換える怖さがある。平和というのは、戦争がない状態ではない。言論の自由があり、自由に行動ができて、海外と外交で問題を解決できることが平和で、戦争をしていないから平和ではない。平和という言葉自体をよく考えないといけない」と語る。
焦点となっている安保関連法案をめぐる国会審議を見ていても、言葉の機能不全が如実だという。
「(現政権には)議論で相手を説得しようという気がない。そもそも議論をかみ合わせると、矛盾が出てくる。でも、それ以上に採決すれば通るんだ、手続きとして国会に出ているだけという印象を受ける」
社会という共同体で「民主主義をばかにする」(赤川さん)人たちが主導権を握れば、独裁的な政治が立ち現れるのは必然だ。

  急速に進んだネット社会影響

そうした言葉の軽さは与党政治家に端的に表れているものの、国民的な現象であるようにも見える。
赤川さんは、その原因の一つとして「あまりに早く浸透しすぎてしまったネット社会」を挙げる。
「手紙を書くことと、メールを送ることは同じではないと思う。メールは気楽に出せ、その場で届いてしまうが、手紙は書いてから出すまでに考える余裕がある。相手に腹を立てて『絶交だ』と思っても、冷静に考えて、自分も悪かったなと思い直す時間があった。そういう文化の変化が影響している気がしている」
そんなネット文化に慣れている若者の一部を「うまく利用している」のが、現政権ではないかとみる。
言葉の軽さは、首相の戦後七十年談話にも感じたという。「結局、自分は謝りたくない。(談話は)長くて、修飾語がやたらに多い。自分の気持ちを言っていないから、人の胸を打たない。たくさん並べれば、価値があるぐらいの発想。言葉の重みはこの程度なのか、とつくづく思った」

 作家が言わなければ

今夏、出版された小説「東京零年」(集英社)の舞台は近未来の警察国家、監視社会だ。登場人物の一人はこう話す。「優しさは大切だけど、この世の中を動かしているのが誰なのか、そしてその人たちが、日本をどんな社会にしたがっているか、知る必要がある。言い換えれば、知らないことは罪なの」
こうした視点の底にあるのは、戦前・戦中を旧満州(中国東北部)で過ごした母親から聞いた話だ。
「(敗戦まで)日本の軍人が、どれだけ中国人に対して横暴だったか。加えてソ連が攻めてくるとなったら、民間人より先に逃げたことも。軍隊というのがいかに国民を裏切るものか、随分と聞かされた」
いま、国会周辺では連日、安保法制反対の声が響いている。赤川さんは若者らの立ち上がりに期待を寄せつつも、こう注文した。
「貧しく、いくつも仕事をしているシングルマザーのような人たちは、なかなか民主主義や選挙のことを考える余裕はない。若者たちも法案だけでなく、学校の給食だけがまともな食事というような子どもたち、そうした人たちの存在にも目を向けてほしい。そうでないと、せっかくの運動が根付かないと思う」
現在の政治に対する発言はこれからも続く。それは「作家は進歩的であれというつもりはない。しかし、言葉をばかにされたら怒るべきだ」という職業倫理と強く結びついている。
「作家はぺンと紙があればできるお金のかからない職業。スポンサーがいないと映画はつくれないが、作家は誰にも遠慮せずにものを言える。僕は作家が言わなければいけないと考えている。周囲にも、発言してほしいと思っている」

 文芸誌も戦争特集 現政権を批判

文芸誌も昨今、安保関連法案や戦争など硬質なテーマに関心を示している。
「すばる」(集英社)は八月号で「”戦後”71年目の対話」と題し、瀬戸内寂隠さんと若手作家の平野啓一郎さん、田中慎弥さんの鼎談ーていだん-などを扱った。
平野さんは米国での「経済的徴兵制」に触れ、「日本も格差によってそういう事態になる」と予測。近著に「宰相A」がある田中さんは、米国の支配下に置かれた「もう一つの日本」を舞台にして「戦争こそ平和の基盤だ」とあおる首相を描いたことに触れ、「いま書いておかないといけないという焦りというか、直感が働いた」と述べている。
九月号でも「戦争を知るための一冊」という特集を組み、ドナルド・キーンさんら文学者二十五人が推す一冊を紹介した。
戦後七十年特集「戦火は遠からず」を企画したのは「文学界」(文芸春秋)九月号だ。戦争に奪われた青春をつづった故・茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」を巻頭に載せ、被爆作家をテーマにした作家、青来有一さんの寄稿なども掲載した。
「群像」(講談社)は九月号で被爆作家、林京子さんの随筆のほか、三島由紀夫を卒論の題材にした女子学生と右翼活動に関心を持つ男子学生を描いた三輪太郎さんの長編小説「憂国者たち」を掲載している。
法政大教授で、文芸評論家の川村湊さんは「日本の文学界はこの二十年ほど、政治や社会運動と距離を取る傾向にあった。闘争の挫折感や内ゲバに対する幻滅などがあり、『関わること自体が面倒』と思われた」と指摘したうえで「その流れが変わったのは、現政権の政治手法があまりにひどいからだ」と指摘する。
「文学者が重きを置くのは論理的思考と想像力、そして言葉。これらをないがしろにする現政権に反発が巻き起こっている。政権のごまかしを暴くうえで、言葉を扱う文学者の果たすべき役割はとても重い」  (柳原崇仁)

(((デスクメモ)))
「作家に会えるのが編集者の役得と思ってきたが、いまはメールのやりとりだけ」。旧世代の編集者から、しばしばそんな愚痴を聞く。赤川さんの言葉通り、生身の人間が発する熱や議論への覚悟など、ネット社会で失ったものがある。政権批判にミイラ取りの影はないか。抵抗は対抗文化を育む場でもある。(牧)

あかがわ・じろう 1948年、福岡県生まれ。1976年「幽霊列車」で、オール讀物推理小説新入賞を受賞。「三毛猫ホームズ」シリーズや「セーラー服と機関銃」など箸書多数。2006年、日本ミステリー文学大賞受賞。現在、本紙の紙面批評「新聞を読んで」を担当している。

(写真)

「政治家にとって言葉は命だ」と話す作家の赤川次郎さん=東京都千代田区で

複数の文芸誌で戦争特集が組まれている(文学界、すばる、群像)

邦人保護を強調する安倍首相。だが、国会審議でこの想定は米艦防護の絶対条件ではないことが判明した=昨年5月、首相官邸で

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